三月兎亭での食事を終え、ヤンはユリアンとともに地上車に乗り込んだ。食事をしながら話したいことをすべて話し終えてしまったかのように、車内での会話はほとんどなかった。ユリアンは街の様子を観察するように外を眺めている。その横顔を見て、素直に綺麗だとヤンは思った。
もう十七になった彼女である。ポプランなどは「俺を含めた世の男どもが放っておかない」などとからかうが、冗談とはわかっていてもユリアンがヤンの知らない男と歩いている姿を想像すると胸が重く詰まる。キャゼルヌに言わせればそれも娘を持つつらさなのだろうが、ヤンとユリアンの年の差は父と娘にしては幾分近すぎる。父親の目で彼女を見るには、雑念が多すぎるのだ。
「提督、もうすぐホテルですよ」
ユリアンにそう言われて我に返った。ほどなくして止まった地上車を降り、ユリアンは軽やかにホテルのロビーまで歩いて行く。ふいにその肩を抱き寄せたいと思い、ヤンは戸惑った。
ユリアンの不在は、ヤンにとってあまりにも大きなものだった。美味い紅茶が飲めないとか、毎日の食事が粗雑になるとかそういうレベルでは決してない。「お前さんも子離れの時期かもな」とキャゼルヌに言われたこともあるが、ただユリアンが少しずつ独り立ちしていくのがつらいだけなのだろうか。
ふと違和感をおぼえ、ヤンは立ち止まった。
「ようやく見つけましたよ、ヤン提督」
カメラと照明を持った男たちが、ヤンがホテルのロビーに入ろうとするのを遮った。
「提督、帝国軍との決戦を前にどうか一言」
「今度もお勝ちになることを、市民の前で約束してください」
「自由と平等は守られると、どうか」
統合作戦本部で感じた怒りがぶり返す前に、ユリアンがヤンとジャーナリストたちの間に立っていた。
「ヤン提督はお疲れなんです。どうかそこをお退きください」
「これはヤン提督のご息女じゃないか。ぜひ君からも話を聞きたくて……」
マイクを押しつけられて、一瞬の困惑がユリアンの顔の上を走るのを見た。ヤンは一歩進み出ると、努めて冷静な声で言った。
「取材の申し入れはすべて統合作戦本部を通してください。私からは何も答えられません。では、これで」
ユリアンの手を引いて、警備員と入れ替わるようにロビーに入り、足早にエレベーターの中に滑り込んだ。“彼ら”を、“彼ら”の自由を守るために戦わなければならないのかと思うと、昼間に感じていたことを反芻せざるを得ない。いったいどこに正気があり、理性があり、戦わなければならないのだろうか。
「久しぶりに紅茶をお淹れしますね」
ユリアンの声音が少し不自然なほど明るかったので、ヤンは自分がよっぽどひどい顔をしているのだろうと思った。
殺風景な部屋も、ユリアンがいるとぱっと明るくなるようだった。彼女の脱出行がどこかで歯車が狂っていれば、こんな景色は決してありえなかったのだ。疲労と喜びとが錆のように心の扉をむしばみ、どこかでかんぬきが外れた。
「提督!?」
気がつくと、湯沸かし器の番をしていたユリアンを背後から抱きすくめていた。
「提督、その、お湯を使うので、あぶな……」
ユリアンが身じろぎするので、自然と腕に力がこもった。ほどなくしてユリアンはおとなしくなった。
「お前が無事でよかった」
口から出たのはありきたりな言葉だった。
「はい……はい、ご心配おかけして、申し訳ありません……」
ユリアンの身体は柔らかく、体温は熱く感じられるほどで、ヤンはかつてないほど凶暴な気持ちになるのを感じていた。いまや腕の中のユリアンは養子ではなく一人の女性だった。
お前は間違っている。今すぐその行為をやめろ。遠く理性が叫ぶのは確かに聞こえるのに、熱に浮かされたようになって言葉として理解できない。
ユリアンはヤンにキスをされても、口を開けるよう言われても拒まずに従った。舌で口の中をねぶられている時ですら、ヤンの腕をつかむ手に力をこめるばかりで、決して押しのけようとはしなかった。
「夢みたいで……」
唇が離れた一瞬に、そうユリアンがつぶやいた。ヤンとユリアンの視線が絡み合った。今までのように慈しみではなく、瞳が星を含んできらきらと輝くような激しい感情をもって。
「ユリアン、今の私はお前にひどいことをするよ」
「提督になら、なにをされてもかまいません」
ユリアンの声が別人のように甘く耳朶をなでた。
「どんなにひどいことだって、してもいいんです。……して、ください」
もう一度軽いキスをして、ユリアンの身体を抱き上げた。筋肉のぶんだけ重く感じたが、まだヤンが持てない重さではない。けれどベッドに下ろすときはいささか乱暴になってしまった。
「自分で歩けばよかったですね」
「私だって、そこまで甲斐性なしじゃないさ」
そう言ったはいいが、ユリアンはヤンが自分の服を脱ぐのに手間取っている間に手早く服を脱いでしまった。それでも下着を脱ぐのは恥ずかしいのだろう、ベッドの上でヤンに背を向け、後ろ手に下着の留め金を外した。ほどよく筋肉のついた背があらわになった。
肩も背中も、直線で描かれている線はなにひとつないようで、触れると驚くほどなめらかで温かかった。
「あっ、提督…………あ……」
小さいが形のよい乳房を口に含むと、ユリアンは今にも泣き出しそうな声であえいだ。
「提督、提督、あぁ……」
ユリアンの白磁の肌は桃色に染まり、汗の玉がにじんでいる。首筋を、乳房を、脇腹を舌でねぶるたび、薄い塩の味が口の中に広がった。
くすぐったいのか、気持ちがよいのか、ユリアンは何度も切ない声を上げて身をよじった。あるいはまだその感覚が分化していないのかもしれない。しかしすんなりと伸びた脚の間に指を差し入れれば、透明な粘りが絡みついてくる。
「ユリアン、これがなんだかわかるかい」
わざとユリアンの目の前で指についたものを見せつけると、ユリアンはかすかに覗く耳まで赤くした。
「わか……ります」
蚊の鳴くような声でユリアンは言った。
「気持ちいいかい?」
「……はい」
「これからは少し痛むかもしれない。痛かったり気持ち悪かったりしたら、すぐに言いなさい」
ヤンはユリアンの片脚を肩にかつぎあげると、露わになった桃色の花びらに己のいきり立ったものを添え、ぬめりに導かれるようにユリアンの中へ押し入った。
「っ……ひいっ!」
ユリアンの身体がこわばった。中の肉もがちがちに固まってこれ以上進めそうもない。「痛むのか」
「だい、じょうぶ、です……」
ユリアンは痛みを逃がそうと何度も深く息をした。そのうちにゆっくりではあるが奥に進めるようになる。
そして薄い抵抗が破れた。ユリアンはのけぞって悲鳴を上げた。
「ユリアン!わかったから、すぐに抜くから」
涙を散らしながら、ユリアンは首を振った。
「抜かないで、最後まで……」
女性経験が豊富なほうではないヤンに、処女を相手にした経験はない。言葉通りこのまま続けていいものなのか、いったん抜くべきものなのか迷っていると、ユリアンのほうがヤンに腰を押しつけてきた。
「痛いのに……苦しいのに……」
ダークブラウンの瞳は夢の中にいるようだった。
「熱くて……痒くて……あぁ、ああ……!」
恐る恐る律動を再開すると、ユリアンの身体はビクビクと跳ねた。亜麻色の髪が紅い頬に張り付き、ダークブラウンの瞳を潤ませ、花びらのような唇からは絶え間なく上ずった甘い声が漏れる。淫蕩と呼ぶにはまだ未熟すぎるその様子に、ヤンの欲望は高まった。
「ユリアン、ユリアン……!」
ぞくぞくと背筋を快感が駆け上る。それが脳天にまで達し、ヤンはユリアンの中で射精した。
点々と血に汚れたシーツはユリアンが手で洗った。そんなことまでしなくていいというヤンに、「だって人に見られたくないんです」と言ってはにかんだ。
絶頂のあとの重だるい後悔がヤンの全身を覆っている。我に返ってみればユリアンはユリアンでしかなく、養子だとか女だとかいうラベルは意味がないのだとわかるのだが、すでに一線を越えてしまった事実だけは揺るぎようがない。
「なあ、ユリアン」
一人でベッドに腰掛けているのもいたたまれなくなり、バスルームでシーツを洗っているユリアンの背に声をかけた。しかしそれ以上重ねる言葉がなく、黙り込む。
ユリアンなしで生きるのは苦痛だと思った、それは事実だった。しかし苦難に満ちた現実の逃げ道を彼女に求めてしまったのではないか、それは立場の悪用に他ならず、もはや自分はユリアンの信頼になど値しない人間なのではないか。そんな思いが胸の中を渦巻き、しかし一つとして言葉にならなかった。
ユリアンは立ち上がり、じっとヤンを見つめた。
「ヤン提督は、なにも後悔なさる必要はありませんよ」
自分の心の浅ましさを見透かされたようで、ヤンはぎくりとした。その震えを押さえるように、ユリアンはヤンを抱きしめていた。
「ぼくは今、本当に幸せなんですから」
それは駄目な息子に微笑みかける母の笑顔にも似ていたように思うが、母の記憶が薄いヤンにははっきりとわからなかった。ただ、ユリアンのぬくもりが、彼女がそこにいることだけが、生々しく現実として感じられるすべてだった。一瞬の視野狭窄が見せる幻でも、せめて二人で眠るまではそれを感じていたかった。
「ありがとう、ユリアン」
そう言ってヤンは目を閉じたから、愛おしげに下腹部を撫でるユリアンの姿は見えなかった。
170513