fragile

※ヤン女体化でフレデリカとのガチ百合話です。
※女性同士の恋愛、性行為の描写があります。
※一瞬でも「だめかもしれない」と思われた方は即刻退避を。閲覧後の苦情は受けつけられません。
※続くかもしれないです。




























 頭のなかに、黒い鉄球がある。たいてい、それは一晩眠れば消えてしまうのだけど、ここのところはいくら寝ても消えるどころか、存在感が増している。フレデリカはこめかみを押さえた。朝に飲んできた痛み止めも、あまり効いていない。
 要塞ごと攻め寄せてきた帝国軍を退けてから、二週間が過ぎている。その戦闘の直後、風邪を引き込んでしまったヤンも、ユリアンの看病もあってすっかりよくなり、執務室でぼうっとしている。事務処理に追われるキャゼルヌがそんなヤンの姿を見て、「平時の仕事の能率だけみれば、お前さんは年中風邪を引いているのと変わらん」と皮肉を言っていたのは、確か三日前のことだ。
 ワードプロセッサの画面を見ると、光の粒が針になって網膜をぷすぷすと刺すようで、フレデリカは息抜きに紅茶を淹れようと思った。ヤンが満足する紅茶ではないかもしれないけれど、それを淹れられる少年は、今は薔薇の騎士の戦士たちにしごかれているはずだから仕方がない。かすかな羨望と無力感を感じつつ席を立とうとすると、天井が回転した。
「グリーンヒル大尉!?」
 ガタン!と想像していたよりもずっと大きな音が響いた。フレデリカはそれをどこか遠くの出来事のように感じていた。床もぐるぐると回っていて、初めてワープ酔いした日のこと――六歳の誕生日、父と母に連れられて、ハイネセンから十光年のリゾート星に行ったときのこと――そのとき私は白いワンピースを着て、麦わら帽子をトランクに入れて潰してしまって泣いていた――を思い出した。
「大丈夫か、大尉!」
 それまで執務机で半分眠っていたヤンも飛び起きて、フレデリカの元に駆け寄り、肩を揺すった。
「大丈夫です……閣下……すこし、目眩がしただけで……」
 ヤンの顔がぶれる。うまく焦点を合わせることができない。
「ひどい顔色だ。少し待って、すぐに軍医を呼ぼう」
 耳鳴りの向こうで、ヤンが内線を取り、医務室へ連絡しているのが聞こえた。彼女の副官という身でありながら、満足に体調管理もできず、迷惑をかけている自分が、泣きたいほど情けなかった。しかしそんな気持ちも、ミキサーに入れられ、バラバラにされてしまうような気がした。
「過労ですな」
 白髪の豊かな軍医は、一通りフレデリカを診察すると、そう言った。
「本当に、ただの過労かい?」
 ヤンが心配そうに尋ねる。軍医は少し首を傾げた。
「肉体的な疲労というより、精神的なものが大きいようですな。例の件では閣下も副官殿もご苦労なされたようですし、そのせいでしょう」
「そうか……」
 ソファに横たえられたフレデリカは、ヤンと軍医の会話をぼんやりと聞いていた。処方された目眩止めのおかげで回転するような不快感はおさまったが、全身がだるく、重い。
「二、三日ほど休暇を取り、ゆっくりと休まれることです」
「わざわざ来てもらって、すまなかったね」
「いいえ、職務ですから」
 軍医は敬礼し、退室していった。
「閣下、あの……」
 上半身を起こそうとしてうまくいかず、フレデリカは小さくうめいた。それを見て、ヤンが慌ててフレデリカの肩をつかんでソファに沈めた。
「無理をするな、大尉。今日はもう帰っていいから、ゆっくり休むんだ。いいかい?」
「あ……」
 その体勢は、まるで“そのような意図”をもって押し倒されているようだ。体調不良で緩んでいる理性の壁の隙間から、かあっと熱いものが漏れだす。氷のように冷たい、と思っていた顔が、一転して燃える。
「大尉……?まさか熱まで」
 ヤンの手が、フレデリカの額に触れる。温かくて、乾いていて、やさしい手。急に、涙が出てきた。
「申し訳、ありません……」
 ヤンは驚いたようだったが、声は優しかった。
「誰だって体調くらい崩すさ。気にしなくていい」
 違います。そうじゃないんです。喉に詰まった言葉で、息が苦しい。整然と並んだ記憶の書庫がぐちゃぐちゃになり、その中から、思い出したくないことを思い出してしまう。
 非合法の査問会からヤンを助け出すために奔走していたとき、フレデリカへの妨害と嫌がらせのために書かれた新聞記事を読んだ。面白おかしくゴシップとして書き立てられているのは、ヤンとフレデリカの間に同性愛的な関係があるのではないか、その関係があったから、クーデターの首謀者の娘を副官に任官し続けたのではないか、という、邪推とすら呼べないような、妄想だった。そのときは、あまりの下劣さに呆れ、極度の疲労もあり、相手にすらしなかった。マシュンゴが憤ってくれたのは、嬉しかったが。
 しかしフレデリカは、一度目にしたものを忘れられない。査問会からヤンを開放し、帝国軍を退け、緊張の糸がほどけたところで、切れないナイフで心臓をえぐられるように、その悪意に満ちた言葉を思い出すようになってしまった。
 こちらになんの否のない単純な悪意なら、フレデリカは気にしなかっただろう。
 そう、こちらになにもなければ。
 フレデリカは両親のもとで、温かな愛情に包まれて育ってきた。父はとくに、一人娘のフレデリカをかわいがった。そして高級軍人としてはさほど珍しくもないが、父は保守的な考え方の持ち主で、フレデリカも自然とそれに影響されていた。
 男女で愛しあうのは自然なこと。では、それ以外は? “常識”の優しい手つきで、丁寧に排除されてきたその可能性を、フレデリカは、内側から湧き上がってくる欲望として目の前にすることになった。
(君がいてくれないと困る……)
 それまではただの憧れで、その言葉だけで、十四歳のときに惑星エル・ファシルで救われてからのフレデリカはよかったと思う――思うべきだったはずなのに、今では、心と心のつながりだけではないものを求めてやまない自分がいる。
 あるいは、父が生きていれば、女性が女性を愛することになにもおかしいことなどないと、説き伏せることもできたのかもしれない。今となっては、叶うことのない可能性だ。だからフレデリカは、宙にぶらさがったまま、“邪な”欲望を抱えて途方に暮れている。
 よほどぼうっとしていたのだろう。ヤンが心配そうに覗き込んでくる。
「なにか、心配事でもあるのか?
 あ、いや、私は鈍くて察しも悪いから、言われないとわからないというか……もちろん、君が話したくないというのなら、無理に尋ねる理由などないのだけど……」
 ヤンは髪をかき回した。ショートヘアには長すぎ、セミロングヘアには短い半端な黒髪が、ぱらぱらと跳ねる。ユリアンが、「見栄えが悪いから、切るかまとめるかすればいいのに」とこぼしていたのを思い出す。
「外れているのなら、聞かれたくないのなら、素直に怒ってくれないか。もしかしてそれは、ハイネセンであったことに、関係があることかい」
 氷でできた手を、肋骨の内側に突っ込まれたような気がした。
「キャゼルヌがね、私にだけは見せないようにと新聞を処分しようとしていたところに、たまたまユリアンが居合わせてしまって、二人がもめているところに、私も遭遇してしまって……。まあ、二人ともずいぶん怒っていたよ。ユリアンなんか、書いた記者を見つけ出して締めあげてやるって様相だった。でも、そんな記事を書いた人間がいて、書かせるよう指示した人間がいたとしても、軍人が彼らに法ではなく暴力によって抗議するのでは、権力による検閲となにも変わるところがないよって、言ったんだけど……」
 どうも要領を得ないな、と、またぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「君には迷惑だったね。私を助けてくれるために、私なんかと噂されるような、あんな記事を書かれてしまって……ごめ、」
「謝らないでください!」
 自分でも驚くほど大きな声が出て、フレデリカは恥ずかしくなって目を伏せた。ヤンがびっくりしたような顔をしているのが、見なくても想像できる。
「……そうだね、悪かった」
 居心地の悪い沈黙が流れる。ヤンは機嫌を損ねただろうか。それとも、あんなくだらない噂のことは一刻も早く忘れたいと思っているのだろうか。ヤンが不愉快だと思っているのは、実は自分と噂されたせいではないのか。わからない。わからない。
 フレデリカの中に、嫌な焦りが募る。ここでなにか言わなければいけないという、強迫観念じみたものに突き動かされて、つい、口からこぼれた。
「閣下は、あの記事を、根も葉もない噂とお思いですか」
「大尉?」
「閣下は、女性に愛されるのは、不愉快ですか」
 いくらヤンが“鈍くて”“察しが悪い”人間でも、ここまで言われて気づかないことはないだろう。途端に、後悔が津波のように押し寄せてきて、溺死しそうになる。しかし、一度口から出た言葉は、消せない。
「忘れて……忘れてください……」
 震えが止まらない。今この場から消えてしまえるのならば、悪魔にだって魂を売り渡すだろう。
 永遠にも思える沈黙の後、ふわ、と髪になにかが触れる気配がした。
「大尉。私はね、大尉。男性からも女性からも、たくさんラブレターを受け取ったことがあるんだよ。でもその中にいったい何人、本物のヤン・ウェンリーに会ったことがある人間がいるというのだろうね。
 私は思うんだ。顔も知らない人間の押し付けの好意が百万あったって、近しい人の愛情ひとつの足元にも及びはしない、と」
 体温が近いのを感じる。心臓が早鐘のように打って、息が浅くなる。
「それに気づかないなんて、やっぱり、私はどうしようもなく鈍いんだなあ……」
「閣下……」
「けれどね、最初の質問の答えは、“ノー”だよ」
 思わず、ヤンの顔を見つめていた。漆黒の瞳の中に、青とも紫ともつかない色の炎が静かに燃えている。こんな瞳をしているヤンを、フレデリカは知らない。はしたないと思うのに、下腹部のあたりがかっと熱くなる。そう、これは、紛れもなく、情欲の炎。
「ん」
 ヤンの唇が重ねられる。柔らかさを味わう間もなく、それは一瞬で離れた。
「今日はもう帰って、休んで、もしそのうち身体がよくなったら、連絡をくれないか」
 宙ぶらりの糸が、ぷつんと切られた。



***



 それからフレデリカからの連絡はなく、彼女と改めて顔を合わせたのは、三日後の司令室でのことだった。
 あの日ソファに横になっていた姿に比べれば、随分顔色がよくなっているように見えて、ヤンはほっとした。この三日、フレデリカの不在で仕事が滞ってキャゼルヌに散々嫌味を言われたのだが、そんなことはほとんど思い出さず、ただ、フレデリカが元気になってくれてよかったと思った。気がかりなのは、フレデリカが早退する直前、自分がしてしまった言動である。
「あの、大尉……」
 フレデリカを呼んだつもりが、口の中でもごもごと言葉が縮み、アッテンボローとポプランの言い合いに紛れて気づかれなかった。やれやれ、とため息をつく。あのとき感じた、火柱が立ったような欲望は、いつの間にか霧散してしまっている。よくも悪くも、感情がフラットになりがちなヤンだった。
 手慰みに指先でベレー帽をくるくると回すが、思ったより勢いがついて、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。
「閣下」
 フレデリカがそれを拾い上げて、ヤンに手渡す。その笑顔はあの日の前と何も違わないように見えて、しかし目に見えないところが決定的に変わったようにも思える。つまるところ、ヤンには何もわからなかった。
「閣下、あの……。よろしければ今晩、食事でもご一緒しませんか」
 ヤンは数度瞬きをした。できるだけ声を潜める。
「グリーンヒル大尉、あの、私がしたこと、その……」
 怒っていないのかい、と言う前に、フレデリカが口を開いていた。
「そのことも、お話したいと思います」
 聞こえるか聞こえないかの声でそう言って、フレデリカは去っていった。ヤンはなんと言ったらいいかわからずに、髪をかいた。
 その様子を見ていたキャゼルヌが、ほう、と感心したような様子で言った。
「ヤンの奴が部下と食事か。悪くないんじゃないか」
「果たして、ただの食事ですかな」
 シェーンコップがニヤリと邪悪な笑みを浮かべて言う。キャゼルヌは怪訝そうに片眉を上げた。
「じゃあ、なんだっていうんだ?」
「いえ、おそらく事務総監閣下の思い及びもしないことですよ」
 ヤンはそのやりとりを聞いていなかった。女性が机の上に大股を開いて座るのはどうかやめていただきたいと、ムライに注意されていたところだったからである。

 フレデリカに招待されたのは、女性軍人が目立つが、繊細で女性らしい雰囲気の店だった。なるほど、要塞内にはこういう店もあるのか、とヤンは感心した。とにかく、このようなところには縁がない。しかし、軍服でもさほど浮かないのは助かった。
「連絡を差し上げなくて、申し訳ありませんでした」
 いやいや、とヤンは手を振る。
「私の方こそ、混乱させてしまったね、ごめん……」
「いえ……」
「……」
 お互いに謝って、しかも会話がそれ以上続かない状況というのは、なかなかに間抜けだ。なんでもいいから沈黙が終わればいいと、ヤンは水を持ってきたウエイターに赤ワインを頼んだ。では、私にはロゼワインを、とフレデリカが後を追う。そしてまた、沈黙。
 前菜のサラダの味も、あまりよくわからない。
 はっきり言って、ヤンはセクハラで訴えられてもおかしくないことをしたのだ。フレデリカが自分に好意を持っているからよかったようなものを――いや、好意を持たれているぶんだけ、余計たちが悪い。その好意に漬け込んで、よくないことをしようとした。あの瞬間は、そのことで頭が一杯だった。苦い味は、レタスのものなのか、自己嫌悪のものなのか。
「閣下は、後悔していらっしゃいますか」
 心を読んだように、フレデリカが切り出す。
「私は、この三日間、ずっと後悔していました。言わなければよかった。言わなければ、閣下と私は、部下と上官のままでいられた。こんな気持ちを、これほどはっきりと自覚することもなかった、と」
「…………」
 まだ、フレデリカは答えを求めていない。そう思って、ヤンはじっと形のよい唇が紡ぐ言葉を聞いていた。
「私は、同性を愛する自分を、いまだに受け入れられないでいます。けれど、閣下が私の髪に触れて、キスしてくださったとき、本当に嬉しかった。本当に、幸せでした。その気持ちは、その気持ちだけは、事実です」
「大尉……」
 いつの間にか、目の前ではスープが湯気を立てていた。その一本一本が、白く細い繊維でできているようだ。そしてそれは、絡まるヤンの胸中でもある。
「食事にしましょう、閣下。ここの料理は、美味しいと評判なんですよ」
 フレデリカが話題を変える。ヤンが悩んで、難しい顔をしていると思ったのだろう。
 違うよ、グリーンヒル大尉、フレデリカ。
 ヤンは紅いワインに口をつけながら、自分の中に潜むモノのことを思った。
 人目がなかったら、君に何をしていたか、わからなかった。

 はっきりと、お互いにどうしたいと結論を口にしたわけではなかったけれど、それから週に何度かはフレデリカと食事に行くようになった。それは昼食だったり夕食だったり、ユリアンが同席していたりとバラバラだったけれど、ただひとつ、朝食だけは一緒に取ったことはなかった。
 一ヶ月ほど経ったある日、二人でバーで飲むことがあった。女性向けの、洒落た内装の店だ。客層もほとんどは、男性と一緒か、友人同士で連れ合っている若い女性だ。
 それにしても、とヤンはフレデリカのほうを見る。今日は少し、いやかなり、グラスを進めるペースが早くないだろうか。酒豪の自負がある自分から見てもそう思うのだから、これは実際かなりのものかもしれない。甘めのカクテルばかり選んでいるが、それが味とは裏腹に度数が高いことを彼女は知っているのだろうか。
「あの、グリーンヒル大尉。少し飲み過ぎじゃないかな……」
「ご心配には及びませんわ。私、けっこういけますから」
 そう言われては、フレデリカ以上にアルコール消費量が多いヤンとしては、強く出られない。
 二人で、他愛ない話をした。その日の話題は、学生時代のことだった。私はたぶん女生徒に数えられてなかっただろうけど、さぞ君はもてただろうね、とヤンが言うと、フレデリカは困ったように笑った。
「私、男性と付き合ったことはあるんですけど、長続きはしませんでしたの」
「なぜ?」
「皆、頭のなかはいやらしいことでいっぱい。少しでもそのことを感じてしまうと、嫌になってしまって」
 ヤンの口も、アルコールで滑りがよくなっていた。意地の悪い笑みを浮かべ、目と鼻の先まで顔を近づけて囁く。
「私もそうだとしたら?」
「貴女はいいんです。貴女になら、どんなことをされてもいい」
 フレデリカの頬は、彼女の前にあるキッス・イン・ザ・ダークに負けず劣らず紅い。どうもさっきの言葉は、あまり真実ではなかったようだ。
 ヤンの中で、焔が燃える。それでも、人目を憚る理性は残っていた。
 足元がおぼつかないフレデリカを支えて歩く。どこへ行けばいいか、頭の芯がぼんやりして、考えつかない。結局辿り着いたのは、ヤン家のフラットだった。玄関のボードには、ユリアンの字で『夜間訓練があるので、明日の昼前まで戻りません。』というメモがあった。
「ユリアンは、帰らないんですね」
 フレデリカが、潤んだ瞳でヤンを見上げる。耐えられなくて、フレデリカの顔を手で包んでキスをした。あの日にしたような、一瞬ふれあうだけのキスではない。舌を絡ませ、唾液を混ぜ合う激しいキス。
「んぅ……んっ、ん……」
 フレデリカの身体がこわばる。しかし、腕はヤンの首に絡められているから、拒絶ではない。ただきっと、こんなキスに慣れていないだけなのだ。そう思うと、いっそう高ぶるものがある。
 ようやく唇を話すと、銀の糸が、つう、と伝った。荒い息が交じり合う。美しいヘイゼルの瞳が、吐息に合わせて、きらきらと欲望に輝いているのを見た。
「わたし……こんなキス……初めてで」
「これからもっとすごいことをするのに……」
 ヤンはフレデリカのジャケットの前を開けると、ネクタイに手をかけた。ほどこうとしたのだが、うまく手が動かない。じれったくなって引っ張ると、フレデリカが苦しげに眉根を寄せた。
「ご、ごめん」
「いいんです、首は人に見られるから……」
 そう言って、フレデリカは下からパイロットシャツのボタンを外すと、胸元までたくし上げた。胸のふくらみは大きくはないが、小さくもない。形の良さが、下着越しからでも見て取れる。
 下着の隙間から手を入れて、素肌に触れた。吸い付くように柔らかくて、温かい。
「ああ……」
 フレデリカが熱いため息を零す。すでに先端が硬く勃っているのを指先で感じて、嬉しくなった。
「あっ、やっ、あっ!」
 ひねるように転がせば、おもしろいように嬌声が上がる。けれどヤンも決して加減がうまいわけではないから、時折フレデリカは痛みに顔をしかめる。
「ごめん、痛かったかい」
「少し……。あの、それより、ベッドに……」
 頬を染めたフレデリカが、遠慮がちに言う。かわいくてたまらない。
 しかしヤンの寝室は、少し奥まったところにある。二人で抱き合って歩いて、リビングで曲がるところで、ヤンがつまづいて転びそうになった。
「もう、ソファでいいか」
 ヤンの理性もあらかた飛んでしまい、正常な判断ができない。いや、そもそもそれができていたのなら、自宅になど帰ってきたりはしていないのだが。
 フレデリカをソファに座らせて、ベージュのスラックスと下着を一緒に脱がせる。ちらりと、控えめなフリルがついた、水色の下着が見えた。それがいかにも清楚な彼女らしいのに、濡れ光る金褐色の柔毛から糸を引く様は、ぞくぞくするほどいやらしい。
 片脚をスラックスから引き抜かせて、脚を広げさせようとしたが、フレデリカはいやいやと首を振った。
「恥ずかしい?」
 必死に頷く様が愛おしい。
「じゃあ、私も脱ぐから……」
 ヤンはフレデリカの傍に座ると、スラックスと下着を脱ぎ捨てた。下着は、ユリアンがどこからか買ってきたもので、サイズは合っているのだが、デザインがどうも垢抜けない。今まで微塵も気にしたことはなかったが、フレデリカと比べると、どうもこのままではいけないような気もする。
「閣下ぁ……」
 フレデリカは半分泣いているようにも見える。その頬にキスをして、胸に触れる。心地いい柔らかさに夢中になって揉んでいると、フレデリカもヤンの胸に手を伸ばしてきた。
「いいよ、触っても」
 ヤンもパイロットシャツの前をひろげて、下着をおろした。たわわな胸があらわになる。それを、フレデリカはうっとりとした目でみつめている。
「大きくて、柔らかい……」
 フレデリカの舌が、ヤンの乳房を這う。色っぽいというよりも、乳を求める子猫のようだ。その顎を掴んで、再び唇にキスをする。
「あ……はぁ……」
「ん……あ……」
 キスをしながら、お互いの胸に愛撫を加える。夢中になるうちに、脚も絡まり合って、太腿に熱く濡れた粘膜が触れ合う。こうしていること以外考えられないほどの、甘やかな快楽。うっとりして、幸せで、気持よくて、貪欲に、もっともっとと欲しくなる。
 ヤンはフレデリカの脚の間に手を伸ばした。きゃ、と驚きと快感の入り混じった小さな悲鳴が漏れる。すでにそこはどろどろにとろけ、少しかき回しただけで、指にたっぷりと粘液が絡みついてくるのがわかる。
「ここ、指、入れたことは……」
 再び、フレデリカが首を振る。
「ないんだね。かわいいなぁ……」
 痛みを感じないよう、浅いところで、ヤンの指が蠢く。それだけで、フレデリカのしなやかな身体はびくびくと跳ねた。
「いや、あ!あ!だめ、だめぇ…!」
「だめ、なのかい?」
 ぴたり、と動きを止めると、フレデリカが唇を噛んで睨みつけてきた。長い睫毛の上に、涙の粒が乗っている。
「そんな、意地のわるい、ひとだった、なんて」
「ごめんね」
 あえて触れていなかった、尖って震える場所を、指で摘む。
「―――――!!!?」
 フレデリカの身体が、びくん!と音を立てんばかりに強張る。自分になにが起きたのかわかっていないのか、身体を痙攣させ、秘部から大量の蜜を零しながらも、目を白黒させている。
「私はね、たぶん、君が思ってるよりずっと、意地が悪い人間なんだよ」
 絶頂の後、全身の筋肉が緩んだところを見計らって、人差し指をフレデリカの中にずるりと差し込む。
「ひ、あ」
「そんな私でも、君は」
 指を抜き差しするたびに、ひどく淫猥な水音がする。フレデリカは汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔をヤンに近づけて、ほとんど叫ぶように言った。
「あいしてます、あいしてます、誰よりも、あいして……―――ッ!!!」
 最後は言葉にさえならなかった。それでよかった。自分は卑怯だと思ったけれど、ヤンもまた、その言葉で軽く達してしまった。
 女性の身体には、男性の射精のように、わかりやすい果てがない。だから、止めようと思わないと、際限なく交わり続けてしまう。明日は二人とも遅番だからと、ようやく気を失うように眠ったのは、朝の四時頃のことだった。
 夢のない眠りを共有する。それは紛れも無いやすらぎであり、幸福だった。



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