好きだよ、ユリアン。
優しく、柔らかく、囁くようにそう言われただけで、心は宇宙の果てまで舞い上がってしまいそうになる。
ぬるぬると、ヤンの手がユリアンの勃起したものを擦り上げる。背骨に甘い痺れが走り、どろりと先走りの液が溢れる。
ああ、こんなにして、こんなに私のことを好きでいてくれたんだね。嬉しいよ。
ヤンの肌はしっとりと汗ばんでいて、撫でると吸い付くようだ。夢中になって脇腹や胸を触ると、あえかな声を漏らしてそれに反応する。可愛い、愛しい、そんな気持ちがとめどなくあふれて、頬となく額となく唇となく、何度も何度もキスをする。
くすぐったいよ、ユリアン。
ヤンが喉を鳴らすように笑う。その笑いが、次第に切迫したような吐息になり、欲望に潤んだ目でユリアンを誘う。
ユリアン。ほら、私のなかに……。
割り開かれた肉の間で、紅く息づくものがある。矢も盾もたまらずそこに自身を押し付け、埋め込んでいく。ああ、と声を上げ、ヤンが喉をそらす。黒い髪が汗を散らして揺れる。
感覚が焼き切れて曖昧になっていく。柔らかい、熱い、熱い、溶けそうだ、熱い、熱い――。
そして、突然に白く爆ぜる。
「―――!!」
ユリアンは飛び起きた。乱暴に掴んだ時計が示す時刻は五時半。まだ朝食の支度を始めるには早過ぎる。ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、下着の内側のぬるついた感触に青ざめた。
「……ああ……」
がっくりと項垂れる。ここ最近、訓練で疲れて帰ってきた日はいつもこうなる。
以前にもたびたびこういうことがあり、心配になって本で調べてみたこともあるのだが、どの本も、ユリアンくらいの年頃の男子では普通のことだと書いてあった。しかし、そこで言われる“普通”は、きっと同じクラスの可愛い女の子とか、憧れの年上の女性とか、きわどいポーズをしたアイドルとかの夢を見ることなのだろう。
ユリアンは深い溜息をつく。自分は“普通じゃない”のだと思うと、不安感と心細さで胸がいっぱいになる。いっそ、その感情をもたらしている本人に縋ってしまいたいが、受け入れてもらえなかったらと思うと、怖くて怖くて足がすくむのだ。
今ヤンのそばに置いてもらえていることだけでも、自分には過ぎたことじゃないかと思うのに、それ以上を望むなど、どうかしている。
どうかしているのに、夢にまで見るほど渇望している自分がいる。
再び、溜息をつく。
これ以上シーツの上で悶々としていてもしかたがないと、のろのろとベッドから降りて、汚れた下着を履き替えた。時間はあるから、この不安と怖れと惨めさを、汚れと一緒にすべて洗い流してしまおうと思った。
洗剤を手にバスルームに入り、下着を濡らしておおかたの汚れを落とす。洗剤を垂らしてごしごしとこする。洗剤の香りが、不快な生臭さを消してくれる。それが、少し心を楽にしてくれた。
流れる水音の中で作業に集中していたから、近づいてくる足音には気づかなかった。
「こんな朝早くに、なにをしているんだ?」
ここが低重力下だったら、三メートルは飛び上がっていただろう。
「て、て、て、提督!?て、提督こそ、どどど、どうなさったんですか、こんな早くに」
「いや、昨日飲み過ぎたせいかな。なんとなく目が覚めてね。もう一眠りしようかと思ってたんだが、灯りがついていたから……」
ヤンはユリアンの手の中にあるものを見て、合点がいったようだった。
「まあ、私もお前くらいの時はよくあったよ。男所帯だったからあんまり気にしなかったけどね」
ヤンも同じように、あらぬ欲望の夢を見て精を吐き出していたのか。意識せずともその様子を思い浮かべてしまい、夢の中のヤンの姿と混ざり合って、妖しい疼きがユリアンの下腹部に走る。思わず、目が白黒してしまったことだろう。
しかしヤンは、そんなユリアンの動揺にはまったく気づかない。
「それじゃあ、私はまた眠りの川を渡ることにするよ。お前も寝不足にならないように、おやすみ、ユリアン」
小さくあくびをして、ヤンは去っていく。「今から寝たら起きられないでしょう」と引き止めるつもりだったのだが、頭のなかがぐちゃぐちゃで、ついそう言うタイミングを逃してしまった。
残されたユリアンは半端な熱を持て余して、しばし呆けていた。
あの夜よりなお黒々とした瞳は、透徹した眼差しでなんでも見通してしまう。敵将の戦術も、政治家の心理も、国家間の絡みあう謀略も、逃れることなどできはしない。けれどその眼差しが、すぐそばにいる人に向けられることはない。望遠鏡でプレパラートの上のものを見ることができないように。
けれど、気づかれることは、恐ろしい。ヤンに拒絶されることは、死ぬよりも遥かに、ユリアンにとっての恐怖だ。それなのに、欲望は理性の届かぬところを奔る。感情は、もっと、もっと、とヤンを求める。その乖離が、ユリアンに強く切りつけられるような痛みをもたらす。
あの美しい瞳が、それをとらえることはあるのだろうか?
自問するが、答えはない。
ユリアンは熱い目をこすって、バスルームをあとにした。もう一度眠れそうもなかった。
150826
151222 修正
詩乃様リクエスト